経済学史研究会について

 
   本研究会前身の「堀研究会」は、故堀経夫氏(1896-1981年、関西学院大学名誉教授、経済学史学会第2代「代表幹事」)が組織された広義の「経済学史」の研究会(経済学説史、経済史、社会思想史を含むもの)で、正式の記録が残っているのは戦後の1946年(昭和21年)からである*

 伊丹稲野の堀経夫氏宅で原則として毎月1回の例会が開催され(初期の頃は毎月複数回の報告が行われていることが多く、記録によれば1947年8月は5回、すなわち毎週開催されている)、最終回は1981年3月22日となっている(堀氏は同年の9月に永眠)。

 35年間存続したこの「堀研究会」を引き継いだのが「経済学史研究会」で、1981年の11月に新研究会発足の趣旨を旧会員に発送し**、開催場所を関西学院大学の池内記念館に移して、その第1回例会は1982年1月に開催された。新研究会は堀研究会と同様に「原則として毎月1回、土曜日の午後に行なう」として発足したが、現在では年6回(3月、4月、6月、8月、10月、12月)の開催となっている。ただし、8月は1泊2日の「夏季合宿」と称して、3名の報告者による研究成果の発表が行われている。

 例会案内は――堀研究会のときにはもちろん――経済学史研究会の初期のころには、葉書による発送によっていたが、途中からJSHETの通信網を利用したメールによる発送に切り替えられて現在に至っている(一部には引き続き葉書での例会案内も行われている)。このJSHETを利用した例会案内により、もとの固定的な研究会メンバーという概念は崩れ、現在では幅広く、報告希望をも含め自由参加という形になっている。

 堀研究会では報告終了後、毎回きみえ夫人が紅茶と菓子(ケーキなど)を出されていたので、経済学史研究会ではその良き伝統を踏襲し、毎回茶菓子を用意することになっている。現在の平均的な例会参加者は約15名である。

* 「堀研究会」の1946年7月から1981年3月の最終回までの記録(報告者とテーマ)については、田中敏弘「経済学史研究会の回顧と展望――第200回例会を記念して」、関西学院大学『経済学論究』第64巻第2号、2010年9月(10-24頁)、および同「経済学史研究会記録補遺」関西学院大学『経済学論究』第65巻第1号、2011年6月(116-148頁)を参照。

** この趣旨状は、田中敏弘「経済学史研究会の回顧と展望」の26-27頁に転載されている。

(篠原 久, 2012年8月)
 

 2013年3月の第219回例会でもって本研究会の世話人が篠原久から原田哲史に代わり、これまでの研究会の伝統の継承に務めるとともに、実施形態を時宜にかなったのものに見直し・整えた。現在のシステムとモットーをあげると次のようになる。

(1) 会員・非会員の区別はもはや行わず、定着して出席される方々を歓迎するとしても、本研究会のサイトや学会メーリングリストとでのアナウンスを見てその都度参加される方々を例外とは見なさない。

(2)それにともなって年会費は、自らを常連と意識する方々と会の運営に寄与したいと考える方々とに自主的に、年度初めに1,000円を納入していただく。

(3)アナウンスを的確にするため、毎回の例会の最後に次の例会のプログラムを披露するとともに、可及的速やかにそのプログラムを研究会サイトと学会メーリングリストに提示する。

(4)例会の開催は原則として毎年度4月・7月・10月・12月の4回とし(特別な場合は追加的に3月にも開催、また合宿は行わない)、回数を増やすことよりも毎回の例会の中身を充実するように努める。

(5) 例会の内容を充実するために、原則として毎回2ラウンドの報告を行うことにし、また各報告に予定討論者をあらかじめ設定して(アナウンス段階でそれも提示)、討論が迅速かつ深いものになるように努める。

(6)海外の研究会で常識となっているように、懇親会は報告者への慰労の意を含むものとし、報告者からは懇親会費をとらない。

 以上である。

(原田哲史,第250回記念例会を終えて*,2020年1月)

*  第250回記念例会および第201回から第250回までの記録については、原田哲史「経済学史研究会の第250回記念例会とその歩みについて」、関西学院大学『経済学論究』第74巻第1号、2020年6月(73-88頁)を参照。  
 

 

 

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