ハンブルクの港――その1: 港の散策

 9月11日(偶然モコの誕生日)にハンブルク空港を発ち、フランクフルトで長距離便に乗り換え、翌日羽田空港に到着し、新幹線で帰宅した。予定どおりとはいえ、時のたつのは本当に早いものだ!

誕生日のモコにCAさんからプレゼント

 なのでもうハンブルクからの通信はできない。もっともっと書いておきたかった。港湾都市としてのハンブルク、この町での日本のA級・B級グルメ、愛犬の出入国の煩瑣な手続き、リヒャルト・ゾルゲの博士論文とその審査評価のオリジナル、恩師カール・ブラント先生の生誕100周年の小さなお祝い、受入れ教授エリーザベート・アルゲヴェアさん(経済学史)とその夫マティアス・キフマンさん(社会政策)、それに、妻に特注クッションを作ってくれた「北部ドイツでナンバーワン」と自負するスポンジ加工工場のトルコ系クルド人の職人アルハンさん、う~ん、枚挙にいとまがない。

 これらのどのテーマも写真を撮って準備していたけれど、なんせ帰国の直前・直後はおそろしく忙しくなってしまい、まったく書けていない。でも、心のなかで風化してしまわないうちに、ひとつめだけでも、つまり港湾都市としてのハンブルクについて書いておきたい。

ランドゥンクスブリュッケン駅の周辺を見る

 妻の体調が万全ではなかったこの滞在では名所旧跡にはなかなか行けなかったけれど、ハンブルク港には行こうということで、最後の週末にふたりで訪れた。そのときの動画が上。地下鉄をランドゥンクスブリュッケン駅(桟橋駅)で降りると港湾散策の中心が現れる。この動画は、対岸(南側)から駅側(北側)を撮影したものである。

 遊覧船が行き交い豪華客船が停泊する。右端には、旧倉庫の風情を土台にガラス張りで建てられた近代的なビル、エルプフィルハーモニーが見える。「エルベ川の交響楽団」という意味のクラシックの殿堂。2017年にできたこのホールは、音響空間の構築を日本の永田音響設計が請け負い、響きの良さで定評がある。動画では手前の柱でさえぎられているから、少しお大写しを。

エルプフィルハーモニー

 ところで、上の動画を見ても港には貨物を運ぶ船がほとんどないのだが、どうなっているのか?

巨大なコンテナターミナル

 じつは、対岸に巨大なコンテナターミナルがあり、そこに貨物船が停泊して無数のコンテナが積み下ろしされているのだ。なので、駅側に林立している旧来の桟橋は、今はおもに遊覧船やクルーズ船が使っている。「対岸」と言ったが、ハンブルク港はじかに海に面しているのではなく、海からエルベ川を100キロ余りさかのぼった大河の両岸に位置していることを、イメージしてほしい。

 ちなみに、ハンブルク港は、現在ヨーロッパの大規模港湾としてコンテナ取扱個数や取扱貨物量のランキングでは、ロッテルダム(オランダ)・アントワープ(ベルギー)についで第3位。2位のときもあったようだ。もちろんドイツではずっと第1位であるが。 

川底トンネルの中

 ランドゥンクスブリュッケン駅側から対岸のコンテナターミナル側へは歩いて行った。海底トンネル いや川底トンネルがあるのだ!トンネルの全長は426.5メートル、水深24メートル、しかも1911年に開通したとのこと。

 トンネルの両端は歩行者用だ。真ん中は自転車が走れるのだが、もともと馬車が通れる幅で作ったとのこと。壁のタイル張りが素朴で、ところどころに魚介類のレリーフがはめ込まれている。

トンネルへのエレベーター

 トンネルの両側の出入り口には旧式のエレベーターがある。どでかいプリミティヴな扉には「扉が動いているときは 止まれ」と書いてある。たしかに こんなのに挟まれたら大変だ。それにしても、今日のような重機のない馬車の時代によくぞこんなトンネルを作ったものだと思う。技術もさることながら、人海戦術がおもだったとすれば かなりの経済力・財力があってのことだろう。

 トンネルから上がると、ロック・バンドも出てお祭り騒ぎ。観覧車はよく見ると移動式だったがかなり本格的で、屋台ではいろんなビールやソーセージ、ポテトが目白押し。ドイツ人はお祭り好きで、週末に晴天となれば いたるところでドンチャン騒いでいる。ハンブルクにはロックの伝統もある。かつてビートルズは――イギリスのバンドなのに――大ブレイクする前にハンブルクで 修業のように演奏していた。

奥の丸天井の建物のなかにトンネルの入り口がある

 ロックの伝統はさておき、貿易都市ハンブルクは自由と自主の伝統があって、現在でも都市だけでドイツ連邦共和国のひとつの州となっている(ベルリンに次ぐ第2の人口)。しかも州としての正式名称は「自由なハンザ都市ハンブルク」(Freie und Hansestadt Hamburg) である。役所の書類やウェブサイトにはこの名称が出てくる。

 では、ハンブルクの自由・自主はどのような歴史をもっていたのか。「その2」では、それを感じさせるスポットをめぐって歴史に迫ってみたい。